掛け軸・表具とは

表具とは、あくまで本紙を引き立たせるものです。ただし、表具まで含めてひとつの作品といえるでしょう。

唐物荘厳から日本ルネッサンスへ

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掛け軸は書・画ともに大流行!
茶掛けの発祥は、茶道の確立へ!

一方、茶掛け専用の掛け軸が登場するのは室町後半からで、内容としては墨蹟・和歌・一行・消息(書簡)・画賛などがあり、それも禅僧・茶匠・数奇者・歌人・画家などで、表装も茶席の床にふさわしいように工夫されることになります。もっとも表装に関しては、転用の掛け軸の場合、茶人がこれを茶席向きに改めたものもあり、利休好・織部好・遠州好・宗旦好などと明確に指摘できるものも少なくありません。

復興と新興、サロン芸術百花繚乱す

芸術活動は探求と新生の様相を呈し、個性豊かに分化!
狩野派の隆盛、大和絵の復興、新興勢力への脚光、文人墨客趣味などの技術と思想の広がり!

江戸時代(1603~1867)に入ると掛け軸の種類はいよいよ増加し、数量も急増しました。それは茶掛け専用が増えるばかりでなく、純粋に書や絵を掛け軸にしたものも多数出現するからです。ことに絵画の面では、従来の大和絵(巨勢派/春日派/住吉派/土佐派など)・漢画系(水墨画/詩画派/狩野派など)のものばかりでなく、琳派・文人画・写生派・浮世絵などとさまざまな流派が出現し、いずれもが多数の掛け軸を生産することとなったためです。

近代日本の黎明、伝統と革新のはざまで

時代の大きな波!
自然主義・写実主義の追求!

明治維新は日本文化の流れに大きな衝撃を与え、その方向を変えさせました。外来文化の圧力によって、日本の従来の芸術を壊滅状態にしてしまったのです。しかし反撥の気運が持ち上がり、明治(1868~1912)の後半には大方旧に復したと思われます。岡倉天心は狩野芳崖や橋本雅邦を軸として日本絵画の再興を計る運動を進めました。

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その主旨は西洋の写実主義を採り入れながらも、日本画の特質としてより観念的なものを追及するものでした。天心の門下生として横山大観・下村観山・菱田春草らが集まり、天心の理想が実現していったのであります。さらに、天心の提唱は京都の日本画壇にも影響を与え、菊池芳文・竹内栖鳳・山元春挙らが輩出しています。また南画を基調に独自の活動を行った富岡鉄斎は、優れた作品を数多く遺しました。この他、木村武山・安田靫彦・今村紫紅・小林古径・前田青邨・富田溪仙・中村岳陵・小川芋銭・速水御舟・川端龍子・近藤浩一路らも、この頃から活躍を始めている。書の方は書道としての活況は取り戻したが、傑出した書家は次代を待つことなり、むしろ詩人や歌人の書が重宝され、小説家の書も掛け軸となりました。 かくして大正・昭和・平成と継がれるわけですが、近年は建築様式の変遷に伴って日本画でも額装が多くなり、茶掛け以外の掛け軸は減少の傾向を強くしています。ただし、掛け軸も掛ける処を床の間と限定せずに、洋風にデザインされた表装などで多様化を計っています。

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